付録3. 在来種から品種へ
第7章 ウシの補足
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人間の保護のもとで分布を拡大するにつれ、家畜ウシはそれぞれの土地で遺伝的に分化していったため、2000年前頃には、家畜ウシの二亜種であるゼブ牛にもタウルス牛にもそれぞれ多数の在来種ができていた
各地方に残っていた野生のオーロックスが家畜ウシ(特にゼブ牛)と交雑したことが、在来種の分化にある程度は寄与したかもしれない
だが、在来種の分化のほとんどは、遺伝的浮動や、その地方の環境に文化的にも生理的にも適応したことによるものだった
それぞれの在来種は品種のプロトタイプであり、後にそれを素材として育種が行われるようになり、19世紀には近代的な品種が開発された
品種という概念はヨーロッパで最初に作り出されたもの
そのため、在来種から品種への移行が最も明確に規定できるのはヨーロッパ
ゼブ牛の場合、土地によって特徴の異なるものが存在するのだが、その多くはかなり最近まで在来種の段階にとどまっていた
タウルス牛も東アジアでは同じような状況だった
タウルス牛のヨーロッパ起源の在来種は、ヨーロッパ以外の地域に今日でもいくつか残っている
南北アメリカ大陸のクリオロ系の家畜ウシは、実際は在来種
クロオロはスペインから持ち込まれた家畜や作物をもとにして、ラテンアメリカで作られた品種。クレオールと同義
ロデオで人気のあるコリエンテ、フロリダ・クラッカー、メキシコ湾岸地域のパイニーウッズ、ブラジルのクリオロ・ラジェアーノ、テキサス・ロングホーンなどの品種
それぞれ新たな環境で、大帝は辺境の不毛の地に適応してきたものであり、人間による管理の程度は場所によって異なっていた
クリオロ系在来種の遺伝子構成は、予想通り大部分がヨーロッパ系のウシ
主に南ヨーロッパの在来種で、地中海ルートを通ってヨーロッパに到達し、南ヨーロッパの大部分に広がったもの(Ginja et al., 2010; Magee et al., 2002)
概して、この南ヨーロッパ産の家畜ウシは、北方ルートによりヨーロッパに到達したものに比べてあまり管理されていなかった
そして、南ヨーロッパにはいわゆる原始的品種が多く、なかにはツダンカ、サヤグエサ、パフナ(以上スペイン産)や、マロネーザ(ポルトガル産)のようにオーロックスにかなりよく似ているものもいる
スペインの闘牛用の品種は、もともと同じ目的で育種されたカマルグ種のウシと同様、かなり小さいとはいえ角や体格がオーロックスによく似ていることにも着目したい
他に、オーロックスにはあまり似ていないが、南ヨーロッパ産のもっと古い品種であるイタリアのキアニナやマルキジアーナなどもいる
どちらの品種についても、ゼブ牛からの遺伝子移入があったという証拠が得られている
ゼブ牛とポルトガル産のウシとの雑種については Cymbron et al., 1999を参照。新世界への輸送に先立ち、イタリア産のウシにアフリカ産のウシが与えた影響についてはNegrini et al., 2007を参照。
イベリア半島のウシに由来するクリオロ系品種にも、程度はさまざまだがゼブ牛の遺伝子移入があったという証拠がある(Miretti et al., 2004)
また、クリオロ系品種には、アフリカから直接新世界に移入されたアフリカ産タウルス牛由来の遺伝情報ももつものがいるかもしれない(Mirol et al., 2003)
もっと最近の話をいえば、クリオロ系品種のなかには(特にテキサス・ロングホーン)、イギリス産品種との交配を経てきたものもいる(Ginja et al., 2010)
北ヨーロッパでは、最古の品種にさえ人間による影響はもっと深く及んでいる
特に乳牛ではそれが顕著
たとえばアイスランド産のウシ
もともと1000年以上前にヴァイキングが連れてきて以来、ずっと隔離されていた在来種に由来する(Kidd & Cavalli-Sforza, 1974)のだが、独特な毛色を除けば、まさに典型的な乳牛
ジャージーとガーンジーはそれぞれ育種された島にちなんで名付けられた品種
島で長い間隔離されてきたが、それにも関わらず典型的な乳牛
肉牛や荷物運搬用、多目的用の品種に比べ、乳牛からはオーロックス的な性質が概してかなり取り除かれている
スイスアルプス産のブラウン・スイス(ブラウンフィー)、ドイツ産のハルツ・レッド、スコットランド産のハイランド、ピレネー山脈産のブロンド・ダキテーヌ、アイルランド産のデクスターなどがそうだ(Ajmone-Marsan, Garcia, & Lenstra, 2010; Del Bo et al., 2001; Maudet, Luikart, & Taberlet, 2002)
ゼブ牛の品種のほとんどは、各地の在来種から比較的最近になって作り出されたもの
通常、品種名は原産地を表している
ギルはインドのグジャラート州カチャワール半島のギル丘陵
グゼラはインドのグジャラート州
レッド・シンディはパキスタンのシンド州
オンゴールはインドのアンドヒャ・プラデシュ州オンゴール
カンクレーはインドのグジャラート州カンクレー
概してゼブ牛では乳牛や輓牛などに特化した育種があまり行われていない
肉牛については特にそうだ(Mukesh et al., 2004)
ゼブ牛の品種はかなりの割合が多目的である
レッド・シンディとサヒワールは主に乳牛用で、ゼブ牛には数少ない特化した品種
搾乳される品種の殆どは、荷物運搬用としても大いに利用されているのである(N. R. Joshi & Phillips, 1953; B. Joshi, Singh, & Gandhi, 2001)
インドでは、ヨーロッパ産の乳牛品種との交雑により、搾乳にさらに特化した品種が構築されつつある (McDowell, 1985)
また、インドのゼブ牛の糞は、森林伐採により木材が手に入らない地域では、燃料として重要(Harris, 1992)
しかし、交雑に寄るアフリカ系の品種の開発は、異なるコースを辿った
ごく最近まで、ほとんどのウシは定住農民ではなく遊牧民たちが所有していた
そのため、品種は地理的な位置よりも部族との関係が深い傾向がある
ただし、地理的な要因と部族的な要因が一致することも多い
多くの遊牧民にとって、ウシは少なくとも部分的には一種の通貨として機能しており、そのせいで遊牧民の間ではウシを食べるという行為が抑制されている
一方、アンコーレ種などでは象徴的な機能が実用的な機能を上回り、酪農などの各種用途には使われなくなっている
特に雄ウシは何よりも地位の象徴とされている(Wurzinger et al., 2006)
ゲノミクス以前の研究では、家畜ウシはタウルスぎゅとゼブ牛という2つの基本的な品種グループに分けられていた
ところが近年のある研究により、アフリカ産タウルス牛が第三の大きな品種グループとなることがわかった(Gautier, Laloë, & Moazami-Goudarzi, 2010)
この第三のグループの存在は、北アフリカ原産のオーロックスから遺伝子移入があったことを反映しているのかもしれないが、あるいは単にユーラシア大陸のタウルス牛の品種から長期に渡って隔離されていたことを反映している可能性もある
サンガ牛など、ゼブ牛とタウルス牛の交雑による品種はまた別のクラスターを形成する
近東やヨーロッパの一部、南米、さらに北米でも雑種は普通に見られる
インドのゼブ牛の品種グループの系統には、遺伝子構成中日理的な影響が明らかに見られる(Manwell & Baker, 1980)
ヨーロッパ系タウルス牛の品種グループには、地理的な影響はそれほど強く現れていないが、それは人間が伝播に関わっているためである
とはいうものの、ヨーロッパ系品種は北ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、イベリア半島というグループに明確に分かれる
それとは別に、東ヨーロッパのポドリアのステップ地帯のウシも一つのまとまりを形成している(Felius et al., 2011)
ポドリアンはグレー・ステップ牛と呼ばれることもある
ポドリアンは、遺伝的に近東(Pellecchia et al., 2007)や中央アジア(ゼブ牛とタウルス牛の雑種には、シベリアのヤクート地方の極度に寒冷な気候に適応したヤクート牛も含まれる (Kantanen et al., 2009))のウシと近いことが示されている
ポドリアンの中には、中央イタリアまで進出したものもおり、その子孫にはマレンマナなどが含まれる(Pellecchia et al., 2007)
古くはヘロドトスがエトルリアとの関係を支持していた。
おそらくエルトリア人の移住に伴ったか、あるいはローマ時代の交易によるものかもしれない(Maretto et al., 2012, Pariset et al., 2010, Negrini et al., 2007, およびD'Andrea et al., 2011は、野生のトスカナ産品種について言及している。Achilli et al., 2009は、多くのイタリア産品種の成立に地元のオーロックスの雌が貢献したという証拠を挙げている。)
より細かく見ると、フランスでは多くの北方系、南方系、さらにそれとはまた別のアプルス系品種が近接して生息し、交雑が行われている
中央フランスとドイツの間には境界線を引くことができ、それより北では南方系の品種は一般的ではない
この境界線がヨーロッパ大陸へのローマ帝国の影響が及んだ限界と一致するのは、おそらく偶然ではないだろう
また、フランスなどヨーロッパ系のウシでは、品種によって肉牛と乳牛が明確に分かれているわけではない
たとえばヨーロッパ系のブタは、品種によってベーコンタイプやラードタイプなどがはっきり分かれているが、それに比べるとウシではかなり曖昧なのである
これはヨーロッパでも、食肉用のショートホーンからの搾乳など、ウシはかなり最近まで多目的に用いられてきたことを示唆している
地理的な差異はゼブ系品種ほど明確に現れていないが、それでもなお機能的な区分よりも重要である(Blott, Williams, & Haley, 1998)